「情心の囚人」添田充啓を思う


法廷にいる彼の顔はなんとも美しかった、と、多くの人が口にした。

良心の囚人という言葉が使われているが、私は「情心の囚人」と呼びたい。そんな生き方が顔に出ているのだ。

貧困に加え、度重なる義父からの虐待を耐えぬいて、14歳でやっと手に入れた自由。その自由が彼に、血縁によるものとは別の、人間としての情というものを教えてくれた。金持ちの家の子どもたちではどんなに頑張っても手に入れることのできない、カネや利権以外の関係を彼は作り続けている。

韓国料理店のおばちゃんが、ヘイトデモのせいで悲しい思いをしている。「だったらオレが止めてやる!」。沖縄の友だちが住居差別を受けたのをきっかけに、沖縄へのヘイトを知る。「オキナワ差別、おかしいんじゃね?」。たったそれだけの感情から、彼は沖縄の地に立った。

市民運動などという、まったく肌合いの違うところで、ヒロジに怒られながら、暑い日も、寒い日も、土砂降りの日も、下働きをし続けた。そして、その豊かな情ゆえに、彼は囚われの身となった。

彼の対極にいる人たちには、他者の命に対して紙切れほどの感情もない。そして、その人たちが作る世界は「美しく人を殺す社会なのだ」と、彼はその背中で語っている。

「添田」は彼の戸籍上の名前だが、それは何度目かの父親の名前であり、虐待の傷跡でもある。そしてその名前と共に、彼は、また、途方もない暴力の前で抗っている。

普段私は、彼をナオキと呼ぶ。「高橋直輝」という名前は、彼が自ら命名し、その名前で自分の人生と仲間を作り上げてきたものだからだ。

直輝、ふんばれ!

直輝と一緒に声を上げ、軍事基地建設という国家暴力の前に立ちはだかった人たちは、直輝のその美しさを全身全霊で受け止めている。暴力の酷さを知っている人たちは、直輝の健気な生き方をちゃんと見ているよ。

14歳のとき、彼は、家という監獄の中で、独りで闘った。今は、大勢の仲間が「釈放しろ!」の手作りプラカを掲げ、直輝を見守っている。

日本の民主主義が刑務所の扉をこじ開けるまで、独りでふんばるんだぞ!

その扉の先にはヒロジがいる。私たちがいる。

辛淑玉(人材育成コンサルタント)